分散型コミュニティ探訪：Celestia - モジュラーブロックチェーンとDAレイヤー技術の深層
はじめに：Celestiaとモジュラーブロックチェーン
分散型技術の世界では、特定の機能に特化したレイヤーを組み合わせる「モジュラーブロックチェーン」という概念が注目を集めています。従来のモノリシック（一枚岩）なブロックチェーンとは異なり、実行（Execution）、決済（Settlement）、合意形成（Consensus）、データ可用性（Data Availability）といった機能を分離し、それぞれ最適化されたレイヤーで担当させる考え方です。
本記事で探訪するのは、このモジュラーブロックチェーンスタックにおいて、「Data Availability Layer（データ可用性レイヤー）」という重要な役割を担うCelestiaのコミュニティです。Celestiaは、トランザクションデータを検証可能かつ効率的に利用可能にすることに特化することで、スケーラビリティとセキュリティの課題解決を目指しています。
今回は、Celestiaの技術的な特徴、それを支えるコミュニティの活動、ガバナンスプロセス、そして直面している課題と展望について、深く掘り下げてレポートします。分散型システムのアーキテクチャやスケーラビリティに関心を持つエンジニアの皆様にとって、Celestiaコミュニティの内部で何が起きているのかを知る一助となれば幸いです。
Celestiaの技術的深層：Data Availability Layerに特化する意義
Celestiaの中核となるのは、Data Availability Layerに特化したその設計です。従来のブロックチェーンでは、全てのノードが全てのトランザクションを実行・検証し、データ全体をダウンロードする必要がありました。これはセキュリティを保証する一方で、スケーラビリティのボトルネックとなっていました。
Celestiaは、コンセンサスと実行を分離し、自身はトランザクションデータの順序付けと可用性の保証に徹します。これにより、Celestia上に構築されるExecution Layer（例：Optimistic RollupsやZK Rollups）は、自身の実行環境（EVMなど）に集中することができ、より高いスループットを実現できます。
このデータ可用性の保証において、Celestiaは以下の革新的な技術を採用しています。
Data Availability Sampling (DAS)
DASは、フルノードがトランザクションデータ全体をダウンロードして検証する代わりに、ライトノードがデータのランダムな小片をサンプリングすることで、データが利用可能であることを確率的に検証する技術です。サンプリングするフラグメントの数を増やすほど、データ可用性の確率は高まります。これにより、ノードは限られたリソースでネットワーク全体のデータ可用性を効率的に検証できます。
Namespaced Merkle Trees (NMTs)
NMTsは、Merkle Treeの拡張版で、データがNamespace（特定のRollupやアプリケーションに対応する論理的な領域）ごとに分類されていることを保証します。これにより、Execution Layerは自身に関係するデータのみを効率的に取得・検証することが可能になります。例えば、特定のRollupは、Celestiaブロックの中から自身のNamespaceに対応するデータのみをダウンロードし、それに基づいて状態遷移を実行します。
これらの技術により、Celestiaはブロックサイズを増大させても、ネットワーク全体のデータ可用性を効率的に維持し、結果としてモジュラーブロックチェーンエコシステム全体の高いスケーラビリティを支える基盤となり得ます。
コミュニティ活動：エコシステム開発と技術的議論
Celestiaコミュニティは、コアプロトコルの開発に加え、Celestiaの上にRollupやアプリケーションを構築するエコシステム開発に重点を置いています。
開発活動
コア開発チームは、Celestia-node（ノードソフトウェア）、Celestia-core（コンセンサス層であるCometBFTのフォーク）、SDK（モジュラーブロックチェーン開発を支援するツール群）などの開発を進めています。GitHubリポジトリでは、活発なプルリクエストやissueを通じた技術的な議論が常に行われています。特にDASやNMTsといった中心技術の実装や改善に関する議論は深く、参加者はプロトコルの詳細に触れることができます。
エコシステム開発
Celestiaエコシステムの成長は、そのDAレイヤー上に構築されるRollupやdAppsにかかっています。Fuel、Arbitrum Orbit、OP Stackといった様々なExecution Layerチームや、Sovereign SDKのようなRollup開発フレームワークを提供するプロジェクトがCelestiaとの連携を進めています。コミュニティでは、こうしたRollupプロジェクトとの技術的なインテグレーションに関する情報交換や、新しいアプリケーション開発のアイデアソンなども頻繁に行われています。例えば、RollupがCelestiaのDA証明をどのように検証するか、NMTsを効果的に活用する方法など、具体的な実装に関する議論が活発です。
コミュニティチャネル
主にDiscord、Forum、GitHubなどを中心に活動が行われています。特にDiscordのテクニカルチャンネルでは、開発者同士がコードレベルでの質問や実装上の課題について率直に意見交換する様子が見られます。Forumでは、より構造化された議論や提案が行われる場となっています。
ガバナンス：分散化への道筋
Celestiaのガバナンスは、トークン（TIA）の発行とネットワークのローンチを経て、徐々に分散化を進めています。
意思決定プロセス
初期段階ではコアチームが開発を主導していましたが、現在はオンチェーンガバナンスが導入され、TIAトークン保有者やステーキング委任者がプロトコルの変更、パラメータ調整、コミュニティプールからの資金分配などに関する提案に対して投票を行っています。
提案プロセスは、まずForumでの非公式な議論から始まり、十分な支持やフィードバックが得られれば、正式なガバナンス提案としてオンチェーンに提出されるという流れが一般的です。技術的な提案（例：新しい機能の追加、パラメータの変更）については、コア開発者や技術コミュニティからの詳細なレビューが重要視されます。
主要なガバナンスツール
オンチェーン投票は、Cosmos SDKベースのガバナンスモジュールを通じて行われます。投票状況や過去の提案履歴は、Mintscanのようなブロックエクスプローラーや、Tallyのようなガバナンス集計サイトを通じて追跡可能です。投票委任の仕組みも存在し、個人で投票に参加できない保有者も、バリデーターなどの代表者に投票権を委任することで意思決定に関与できます。
資金分配ガバナンス
コミュニティプールに蓄積された資金の使い道についても、ガバナンス投票によって決定されます。エコシステム開発支援、研究開発資金、教育プログラムなど、コミュニティ全体の利益に資する提案に対して資金が分配されます。これは、公共財的な側面を持つ開発や活動をコミュニティ主導で推進するための重要な仕組みです。
Celestiaコミュニティの文化と課題
Celestiaコミュニティは、モジュラーブロックチェーンという新しいパラダイムを共に創造しようという意欲を持つ開発者、研究者、エコシステム参加者の集まりです。技術的な議論が非常にオープンで活発であり、新しいアイデアや提案に対して建設的なフィードバックが得られやすい文化があります。
一方で、新しい技術分野であるため、以下のような課題にも直面しています。
- 技術的な成熟度: DASやNMTsといった技術は比較的新しく、継続的な研究開発と実環境での検証が必要です。
- エコシステムの成長: Celestiaの上に構築されるRollupやアプリケーションが増えることがネットワークの価値向上につながりますが、エコシステムの立ち上げと拡大には時間と努力が必要です。いかに多くの開発者やプロジェクトにCelestiaを採用してもらうかが鍵となります。
- ガバナンスの洗練: オンチェーンガバナンスは始まったばかりであり、参加者のエンゲージメントを高め、より効率的かつ包摂的な意思決定プロセスを確立していくことが今後の課題です。例えば、少数の大口保有者による投票権の集中を防ぎ、多様なコミュニティメンバーの声が反映される仕組み作りが求められます。
- 競争環境: Data Availability Layerの重要性が認識されるにつれて、他のプロジェクトも同様のソリューションを提供しようとしています。Celestiaは独自の技術的優位性を維持しつつ、競争に対応していく必要があります。
コミュニティはこれらの課題に対し、オープンな議論を通じて技術的な改善を続け、積極的にエコシステムパートナーとの連携を深め、ガバナンスプロセスの改善に取り組んでいます。
まとめ：分散型システムの新基盤を築くコミュニティ
Celestiaは、モジュラーブロックチェーンという革新的なアーキテクチャにおいて、Data Availability Layerという極めて重要な役割を担うプロジェクトとそのコミュニティです。DASやNMTsといった先進的な技術を基盤とし、エコシステム開発と分散型ガバナンスを通じて、スケーラブルでセキュアな新しい分散型システムの基盤を築こうとしています。
技術的な詳細に関する深い議論、活発なエコシステム開発への取り組み、そして分散化を目指すガバナンスプロセスは、ブロックチェーン技術の最前線で活動するエンジニアにとって非常に刺激的で学ぶべき点が多くあります。Celestiaコミュニティはまだ発展途上であり、多くの課題も存在しますが、そのオープンな文化と技術革新への追求は、今後の分散型エコシステムの進化において重要な役割を果たしていくものと考えられます。
本レポートが、Celestiaコミュニティの内部構造と活動の一端を捉え、読者の皆様の技術的探求やコミュニティ参加のきっかけとなれば幸いです。