分散型コミュニティ探訪

分散型コミュニティ探訪:Starknet Collective - Cairo言語、STARKs技術と革新的なガバナンスの探求

Tags: Starknet, zk-Rollup, ガバナンス, Cairo, Layer 2

はじめに

「分散型コミュニティ探訪」、今回はEthereumのスケーリングソリューションとして注目を集めるzk-Rollup、「Starknet」を支えるStarknet Collectiveに焦点を当て、その技術的基盤、ガバナンス構造、そしてユニークなコミュニティ文化についてレポートいたします。

Starknetは、有効性証明(Validity Proofs)、特にSTARKs(Scalable Transparent ARguments of Knowledge)を活用することで、Ethereumの高いセキュリティを維持しつつ、大幅なトランザクションスループット向上と手数料削減を目指すLayer 2ネットワークです。このレポートでは、単なる技術紹介に留まらず、Starknetエコシステムの成長を推進する分散型コミュニティであるStarknet Collectiveの内部構造、意思決定プロセス、そして開発者主導の文化に深く切り込んでいきます。

読者ターゲットであるブロックチェーン技術に精通したエンジニアの皆様に向けて、Starknetの根幹をなす技術であるCairo言語やSTARKsの概念、そしてStarknet Collectiveがいかにして技術革新とコミュニティ運営の両立を図っているのかを、客観的かつ詳細にお伝えできればと考えております。

Starknetの技術基盤:CairoとSTARKs

Starknetの最大の特徴は、その独自の技術スタックにあります。Proof-of-Stakeや特定のコンセンサスアルゴリズムといったチェーン全体のガバナンスに直結する技術に加え、アプリケーション開発に用いられる言語や証明システムがコミュニティの技術文化や開発エコシステム形成に大きな影響を与えています。

Cairo言語

Starknetのスマートコントラクトは、EVM(Ethereum Virtual Machine)互換ではなく、Starkware社が開発した「Cairo」という専用のチューリング完全なプログラミング言語で記述されます。Cairoは、STARKフレンドリーなプログラムを作成するために設計されており、計算の正当性を証明するための「Proof」生成に最適化されています。

CairoはLSP(Language Server Protocol)サポートやデバッガーなどの開発ツールが徐々に整備されていますが、SolidityのようなEVM言語とは異なる学習曲線が存在します。これは、Starknetエコシステムへの新規開発者参入における一つの障壁となり得ますが、同時にCairoに精通したエンジニアというニッチな専門性を生み出しています。コミュニティでは、Cairoのチュートリアル、ドキュメント、開発者向けイベントなどを積極的に開催し、この学習コストを低減するための取り組みが進められています。

STARKs証明システム

Starknetの核となるのが、STARKsというゼロ知識証明の一種です。STARKsは、検証者が証明者から受け取った計算結果が正しいことを、計算そのものを再実行することなく、かつ効率的に検証することを可能にします。

STARKsは、SNARKs(Succinct Non-interactive ARguments of Knowledge)と比較していくつかの利点があります。特に、「透明性(Transparency)」がある点です。これは、SNARKsが必要とする信頼できるセットアップ(Trusted Setup)が不要であることを意味し、初期の鍵生成プロセスにおける潜在的な信頼リスクを排除します。また、STARKsは計算量の増加に対して証明サイズがSNARKsよりも緩やかに増加するというスケーラビリティの特性も持ちます。

Starknetでは、オフチェーンで大量のトランザクションを処理し、その計算結果の正当性をSTARK証明として生成します。この証明はEthereum上に送信され、検証されます。これにより、Ethereumネットワークには簡潔な証明のみが記録されるため、大幅なスケーリングを実現しています。このプロセスの実装には高度な数学とエンジニアリングの知識が必要であり、コミュニティ内でもProof生成や検証の最適化、STARKs関連の研究開発が重要な活動の一つとなっています。

Starknet Collectiveのガバナンス構造

Starknet Collectiveは、Starknetネットワークの進化とエコシステムの成長を導く分散型自律組織(DAO)です。そのガバナンス構造は、STARKトークンホルダーによる投票を基本としつつ、特定の役割を持つ主体が組み合わされることで成り立っています。

意思決定プロセス:STIPs

Starknetにおけるプロトコルやエコシステムの改善提案は、STIPs(Starknet Improvement Proposals)というプロセスを通じて行われます。これはEthereumのEIPs(Ethereum Improvement Proposals)に類似したメカニズムです。

  1. アイデア提起: 誰でもStarknetの改善に関するアイデアを提起できます。
  2. ドラフト作成: 提案者はアイデアを具体的なSTIPドキュメントとして記述します。これには、提案の目的、技術的な仕様、なぜこの変更が必要なのか、互換性の問題などが含まれます。
  3. レビューと議論: 作成されたSTIPはコミュニティフォーラムなどで公開され、広くレビューと議論が行われます。開発者、研究者、ユーザーなどが技術的な詳細や潜在的な影響について意見交換を行います。
  4. 温度チェックと投票: 十分な議論が行われた後、提案は正式な投票にかけられる場合があります。STARKトークンをステークまたは委任しているホルダーが投票権を持ち、提案の採用・不採用を決定します。
  5. 実装: 承認されたSTIPは、開発チームによって実装され、Starknetネットワークに反映されます。

このプロセスは、誰でも提案に参加できるオープンな仕組みでありつつ、技術的な健全性やコミュニティ全体のコンセンサスを重視する構造となっています。

公共財資金分配:Ecosystem Contribution Funding (ECF)

Starknet Collectiveのユニークな側面の一つは、エコシステム全体の公共財(Public Goods)への資金分配メカニズムです。特定のDAOやプログラム(例: Ecosystem Contribution Funding Committee - ECF)を通じて、Cairo教育プログラム、オープンソースツールの開発、研究活動、コミュニティイベントなど、ネットワーク全体の発展に寄与するプロジェクトに資金が提供されます。

この公共財への資金提供は、単にプロトコル開発だけでなく、開発者コミュニティの育成、情報アクセシビリティの向上、新しいユースケースの探索といった、エコシステム全体の健全性を維持・向上させるための重要なガバナンス機能として位置づけられています。どのように公共財を定義し、どのプロジェクトを支援するかについての議論や意思決定も、STIPsや専用の委員会プロセスを通じてコミュニティ主導で行われています。

Collectiveの構成要素

Starknet Collectiveは、STARKトークンホルダー全体(Councilメンバーを選出)、Council(意思決定と監督)、そして特定のタスクを担う委員会やワーキンググループなどで構成されます。Councilメンバーは、その専門知識やコミュニティでの実績に基づいて選出されることが多く、ガバナンスの実行において重要な役割を果たします。この多層的な構造は、広範なコミュニティの意見を反映しつつ、専門的な判断が必要な事項については適切な主体が意思決定を行うための設計と言えます。

コミュニティ活動と文化

Starknet Collectiveの活動は多岐にわたります。技術的な開発、仕様策定の議論に加え、開発者向けワークショップ、ハッカソン、ミートアップなどが世界各地で開催されています。特にCairo言語の普及と熟練開発者の育成に力が入れられており、オンラインリソースや教育プログラムが充実しています。

コミュニティの文化としては、技術的な探究心が強く、複雑なzk-Rollup技術やCairo言語を深く理解しようとするエンジニアが集まっている点が挙げられます。初期段階の技術であるため、開発者自身がツールの改善や新しい開発パターンの発見に積極的に貢献する必要があります。このような環境は、活発な技術議論と協調的な問題解決を促進する文化を育んでいます。フォーラムやDiscordチャンネルでは、技術的な課題に対する活発な質疑応答や、新しいアイデアの共有が日常的に行われています。

課題と今後の展望

Starknet Collectiveは発展途上の段階にあり、いくつかの課題に直面しています。

これらの課題に対し、Starknet Collectiveはコミュニティの提案に基づき、段階的な分散化計画の実行、開発ツールのオープンソース化推進、そして様々な貢献機会の提供といったアプローチで取り組んでいます。

まとめ

今回の探訪では、Starknet CollectiveがCairo言語とSTARKsという独自の技術基盤の上に構築された、技術中心でありながらも公共財への意識が高い分散型コミュニティであることが明らかになりました。STIPsプロセスによる透明性の高い意思決定、ECFを通じたエコシステム支援、そして活発な開発者コミュニティは、StarknetがEthereumのスケーリングソリューションとしてだけでなく、新しい分散型開発とガバナンスのモデルとしても進化を続ける可能性を示しています。

Starknetエコシステムへの貢献は、Cairo言語という新しい技術スタックの習得を伴いますが、それは同時に最先端のzk技術を用いた分散型アプリケーション開発という、エンジニアにとって非常に魅力的な挑戦を意味します。Starknet Collectiveの動向は、今後も注目に値するでしょう。

/* 以下は、Starknetでコントラクトを記述する際に使用されるCairo言語の簡単なコードスニペット例です。
   Storage Variableの定義と、その値を操作する関数の宣言を示しています。
   実際のコントラクトはこれより遥かに複雑です。 */
%lang starknet

from starkware.cairo.common.cairo_builtins import HashBuiltin, SignatureBuiltin
from starkware.cairo.common.alloc import alloc

// Define a storage variable 'balance'
@storage_var
func balance() -> (res: felt):
end

// Function to increase the balance
@external
func increase_balance{syscall_ptr: felt*, pedersen_ptr: HashBuiltin*, range_check_ptr}(
    amount: felt
):
    let (current_balance) = balance.read();
    balance.write(current_balance + amount);
    return ();
end

// Function to get the current balance
@view
func get_balance{syscall_ptr: felt*, pedersen_ptr: HashBuiltin*, range_check_ptr}() -> (res: felt):
    let (current_balance) = balance.read();
    return (res=current_balance);
end