分散型コミュニティ探訪:The Graph - 分散型インデクシング技術とキュレーションを通じたガバナンスの探求
はじめに
「分散型コミュニティ探訪」シリーズとして、今回は分散型インデクシングプロトコルであるThe Graphのコミュニティに焦点を当ててレポートします。Web3アプリケーション開発において、ブロックチェーン上のデータへ効率的にアクセスすることは重要な課題です。The Graphは、スマートコントラクトデータを効率的にクエリ可能なオープンAPI「サブグラフ」としてインデックス化するソリューションを提供しています。
本記事では、The Graphコミュニティがどのようにそのプロトコルを運用・進化させているのか、技術的な側面、コミュニティの役割分担、ガバナンスモデル、そして直面している課題に深く切り込みます。単なる機能紹介に留まらず、インデクサー、キュレーター、デリゲーターといった参加者がどのようにエコシステムを形成し、GIP(Graph Improvement Proposal)を通じた意思決定がどのように行われているのかを詳細に探求します。
The Graphプロトコルの概要と技術スタック
The Graphは、ブロックチェーンデータをクエリするための分散型プロトコルです。従来のWeb2におけるデータインデックス化やAPI提供サービスを、分散型のアーキテクチャで実現することを目指しています。
主要コンポーネント
- Graph Node: ブロックチェーンを継続的にスキャンし、サブグラフの定義に基づいてデータをインデックス化するノードソフトウェアです。データソース(例: Ethereum)、イベントフィルタリング、データ変換ロジックなどが記述されたサブグラフマニフェスト(
subgraph.yaml
)を読み込み、指定されたデータを取得、変換し、ローカルのデータベース(PostgreSQLなど)に保存します。 - Subgraphs: 特定のDAppsやプロトコルが必要とするデータを定義するオープンAPIです。GraphQLスキーマでクエリ可能なデータの構造を定義し、Mappingと呼ばれるWasmコードでブロックチェーンイベントへの反応ロジックを記述します。これにより、複雑なスマートコントラクトのイベントやトランザクションから、アプリケーションが必要とする整形済みのデータを抽出できます。
- Graph Explorer / Subgraph Studio: サブグラフのデプロイ、テスト、探索、そして分散型ネットワーク上での公開を行うためのツールおよびインターフェースです。開発者はSubgraph Studioでサブグラフを開発し、Graph Explorerを通じて他のユーザーがそれを発見し利用できます。
分散型ネットワーク参加者の役割
The Graphネットワークは、以下の主要な参加者によって成り立っています。
- Indexers: Graph Nodeを運用し、サブグラフをインデックス化するオペレーターです。GRT(The Graph Token)をステークし、サブグラフへのクエリに応答することで報酬を得ます。ステーク量、QoS(Query Service Quality)、コスト設定などが重要な運用パラメータとなります。
- Curators: 価値のあるサブグラフを見つけ、GRTをシグナルすることでそのサブグラフのインデックス化をインデクサーに促す役割を担います。シグナルされたサブグラフは、より多くのクエリフィー収益をインデクサーにもたらす可能性が高まります。キュレーターはシグナルしたサブグラフのクエリフィーの一部を得ることができます。
- Delegators: 自身のGRTをインデクサーに委任することで、ネットワークのセキュリティと機能に貢献する参加者です。委任したインデクサーが得た報酬の一部を受け取ることができます。インデクサーの選定には、ステーク量、稼働率、報酬の分配率などが考慮されます。
- Consumers: サブグラフを介してブロックチェーンデータをクエリするユーザーまたはDAppです。クエリ量に応じてGRTでクエリフィーを支払います。このフィーはインデクサー、キュレーター、そしてプロトコル開発基金に分配されます。
これらの役割分担とGRTトークンによるインセンティブ設計により、分散型ネットワーク上でのデータインデックス化とクエリサービスが実現されています。
The Graphコミュニティの文化と活動
The Graphコミュニティは、開発者、プロトコルオペレーター、リサーチャー、そしてデータ利用者といった多様なバックグラウンドを持つ人々で構成されています。技術的な議論が活発に行われる一方で、エコシステムの成長を促進するための活動も多岐にわたります。
主要な活動領域
- プロトコル開発: Graph Nodeやコアプロトコルの機能改善、新機能の実装に関する開発は、Graph Foundationやコア開発チームを中心に進められますが、コミュニティからのコントリビューションも受け付けられています。特に、GIP(Graph Improvement Proposal)として提案された内容は、技術的な観点からコミュニティで詳細にレビューされます。
- サブグラフ開発: DApps開発者やデータ利用者が、自身や他のアプリケーションが利用するサブグラフを開発し、デプロイします。これはコミュニティ活動の中核の一つであり、新たなデータの活用を可能にします。Subgraph Studioは、この活動を支援する主要なツールです。
- インデクサー運用と改善: インデクサーは、安定した高品質なサービスを提供するためにノード運用技術を磨き、ネットワークへの貢献度を高めようとします。彼らの活動は、ネットワークの信頼性とパフォーマンスに直結します。技術的な運用ノウハウやトラブルシューティングの情報交換もコミュニティ内で活発です。
- キュレーション: どのサブグラフが重要で、インデックス化されるべきかをキュレーターが判断し、シグナルします。これは、分散型のデータキュレーションメカニズムとして機能し、ネットワークリソースを効率的に配分する上で重要な役割を果たします。
- 情報共有と教育: The Graphエコシステムは急速に進化しており、新たな機能やベストプラクティスが常に登場しています。コミュニティメンバーは、ドキュメントの整備、チュートリアルの作成、フォーラムやDiscordでの情報交換を通じて、エコシステム全体の知識レベル向上に貢献しています。
コミュニティの雰囲気としては、技術的な課題解決に熱心で、新しい技術やアイデアに対してオープンな姿勢が見られます。インデクサーやキュレーターが集まるチャンネルでは、具体的な運用方法や戦略に関する深い議論が交わされています。
ガバナンス:GIPsを通じた意思決定プロセス
The Graphのガバナンスは、主にGraph Improvement Proposal(GIP)プロセスを通じて行われます。これは、プロトコル、プロトコルパラメータ、エコシステムに関する重要な変更を提案し、コミュニティの合意形成を図るための仕組みです。
GIPプロセスの流れ
一般的なGIPのライフサイクルは以下のようになります。
- アイデア: 新しい機能や変更のアイデアが生まれます。コミュニティフォーラムやDiscordでの議論から始まることが多いです。
- 提案: アイデアが具体化され、GIPとして正式なドキュメント形式で提案されます。提案には、目的、技術的な詳細、メリット・デメリット、影響などが記述されます。
- レビュー: 提案されたGIPは、コミュニティ、特にコア開発者、インデクサー、リサーチャーなどによって詳細にレビューされます。技術的な実現可能性、ネットワークへの影響、潜在的なリスクなどが議論されます。
- 改訂: レビューでのフィードバックに基づき、提案が改訂される場合があります。
- 投票: 提案が十分に成熟し、主要な関係者から支持が得られたと判断された場合、オンチェーンまたはオフチェーンでの投票にかけられることがあります。投票はGRTトークンを保有するステークホルダーによって行われます。
- 実装/承認: 投票によって承認されたGIPは、プロトコルへの実装が進められます。
このプロセスは、プロトコルの変更を透明かつコミュニティ主導で行うための重要なメカニズムです。特に、トークノミクスに関する変更や、プロトコルの中核となる技術的なアップデートは、GIPプロセスを経て慎重に進められます。
例えば、クエリフィーの分配率の変更や、インデクサーのインセンティブメカニズムに関する調整などは、コミュニティ内で活発な議論が行われ、GIPとして提案、投票によって決定されることがあります。技術的な課題(例:大規模なデータインデックス化の最適化、異なるブロックチェーンへの対応)に対するソリューション提案も、GIPの形で議論されることがあります。
直面している課題とコミュニティのアプローチ
The Graphエコシステムは成長を続けていますが、いくつかの課題にも直面しています。
- 中央集権化のリスク: サブグラフの開発やホスティングサービスは、歴史的にGraph Foundationが提供するホスト型サービスからスタートしました。完全に分散化されたネットワークへの移行は進行中ですが、依然として一部に中央集権的な要素が残っており、完全な分散化に向けた技術的・コミュニティ的な取り組みが続けられています。特に、数多くのサブグラフをホスト型サービスから分散型ネットワークへスムーズに移行させることは大きな課題です。
- 複雑性: プロトコルに参加するインデクサーやキュレーター、デリゲーターは、それぞれ異なる技術的理解や戦略が必要です。特にインデクサーの運用は、高度な技術スキルと経済的な考慮を必要とします。この複雑性を軽減し、より多くの参加者が容易にエコシステムに貢献できるようにするためのツール開発やドキュメント整備が進められています。
- データ可用性と信頼性: ブロックチェーンデータのインデックス化は、基盤となるブロックチェーンの安定性やノード運用に依存します。インデクサー間の競争と協調、そしてプロトコルレベルでのQoS保証メカニズムの強化が、データの可用性と信頼性を高める上で重要となります。コミュニティは、より堅牢なインデクサーインフラストラクチャを構築し、その運用を最適化するための情報交換を積極的に行っています。
コミュニティは、これらの課題に対してGIPプロセスや様々なワーキンググループを通じてオープンに議論し、解決策を模索しています。例えば、分散型ネットワークへの移行を加速するための技術的なロードマップはコミュニティ全体で共有され、その実現に向けた開発が進められています。また、新規参加者がエコシステムに参加しやすいように、オンボーディングプロセスや教育リソースの改善にも力が入れられています。
結論
The Graphコミュニティは、分散型インデクシングというWeb3の重要なインフラを支える活気あるエコシステムです。Graph Nodeによるデータのインデックス化、サブグラフによるAPI定義、そしてインデクサー、キュレーター、デリゲーターによるネットワーク運用という技術的な側面だけでなく、GIPプロセスを通じたコミュニティ主導のガバナンスがその特徴です。
ホスト型サービスからの分散型ネットワークへの完全移行や、エコシステムの複雑性といった課題は残されていますが、コミュニティはこれらの課題に対して積極的に向き合い、技術的な改善とコミュニティ間の協調を通じて解決を図っています。
ブロックチェーンデータの利用が増加するにつれて、The Graphのような分散型インデクシングソリューションの重要性はさらに高まるでしょう。その進化は、プロトコル開発者、インデクサー、キュレーターといった多様なコミュニティメンバーの継続的な貢献によって支えられています。The Graphコミュニティへの参加は、Web3インフラの最前線で技術とガバナンスの両面に関わる貴重な機会を提供するものです。